ひとつダタラと狼

ひとつダタラと狼

せの川付近の庄屋が夜遅く帰って来た時に、狼がいでて庄屋の着物のすそをくわえてひっぱるね。気持悪いけど何処へ行くかしらんと思って、ついて行ったわけなんです。

そしたら、ほら穴があってそこに連れ込んで行くと、こりゃもうこの世の終りやと覚悟して狼に食われんだと、自分なりに覚悟したらしいんですけど、ほら穴へいでてまもなく、ズシン、ズシンと音がしてきたと。

なんだろうと思って覗き込むと、どうやらヒトツダタラが、一本足で歩いて通った足音だった。
まぁそれがすんだら狼が着物のすそを引っぱって、表へ連れて行ったと。ああこれは狼が、われが食うんじゃないんや、助けてくれたんじゃと狼にお礼を言うたわけなんですの。

「危ない所を助けてくれてどうもありがとう。お前にお礼をしたいんだけど、何とも持ち合わせがないんやから、せめてわしが死んだらわしの体をあげよう。これでまぁ、わしの気持として受けとってくれよ」

と、狼に言うたらしいんやけど、狼はもうおらん。まぁ狼というのは言いますわね、萱三本あったら消えてしまうというほどやから。

そういうことがあってそれでまぁ、庄屋が亡くなった。すぐに庄屋の墓があばかれて穴があいて、庄屋の体がなくなっておった。
その庄屋の子どもも、代々ずっとそれが続いているという話を聞いておるんです。

イラスト:ひろのみずえ
(採話地/和歌山県田辺市中辺路町温川)
『熊野・中辺路の民話』1980年 民話と文学の会 より