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2014年2月10日

大槻国彦さん

熊野びと

山の暮らし、森の仕事、集落の祭、民話や伝説、熊野に暮らす人々に聞きたいことはたくさんあります。
みちの途中で伺ったお話を、音声とともに伝えていきます。

和歌山県の本宮町から山道を抜けていくと、そこは奈良県十津川村。山並みを一望する集落で、アイターンの大槻さんにお会いしました。忘れられないのは、オオカミの話。

大槻 国彦(おおつき くにひこ)さん / 1969年、神奈川県に生まれて東京で育つ。長野県の大学で森林科学を学び、和歌山県庁に就職。現在は退職し、山の仕事をしながら十津川村竹筒(たけとう)の集落で暮らす。家族は妻と3人の子どもたち。

公務員を辞めて山仕事へ

大学のとき、最初は化学を専攻していたんです。高校生ぐらいの頃かな、「いったい世の中ってどんなものなんだろう」という疑問がわいてきた。物理学とか勉強したらわかるんじゃないかと思って化学を選んだんだけど、勉強してもそれはやっぱりわからないし、まわりに面白い人もいない。同じ大学の農学部や森林科学科の人たちを見ていると、ぜんぜん雰囲気が違って面白そうなんですよね。とても魅力的に感じたし、もともと興味もあったので森林の学科に変わりました。国土の7割を森林が占める日本で、自然を知るには林業をはずせないと思ったんです。

6年間大学にいて就職をする時に、林業の盛んなところに行こうと思いました。各地の人工林が荒れているという環境問題があったので、ぼくは行政の施策でそれを何とかしたいと考えた。で、受けたんですよ、和歌山県庁を。和歌山には行ったことがなかったけど、ぼくは酒が好きだから酔っぱらって外で寝ていても死なないところがいいなと思ったんです。

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和歌山県庁では、林務課での研究職が長かったんです。勤務地は新宮市、上富田町、古座川町、その3つが主なところ。研究職はそれなりにがんばったし、やりがいもあったんだけど、就職して13年目に行政職に移動になった。行政の施策で森林問題を何とかしなければという使命感で就職したんだけど、実際に行政職をやってみたら向いてなかった。「一生ずっと、この仕事をやっていて楽しいかな」と考えたら、公務員ではない別な人生もやってみたいと思ったんです。その時はすでに結婚していて子どもも一人いたんやけど、妻も気にせんタイプやったから「しばらく遊びます」と言って辞めたんです。

20年で急激に悪化した森林

今は山仕事と森林の調査の仕事をやっています。山の仕事は大きくわけてふたつあります。木材を伐り出して市場へ運んでいく人、それと伐った後に、地ごしらえをして、木を植えて、下草刈りや枝打ちをする人。ぼくはあとのほうの仕事です。伐り出しは、けっこう危なくて事故もありますね。

実は、自分に山仕事が出来るとは思っていなかったんです。山は好きやけど、”公務員あがり”だし体力的にどうなのか。山の仕事って、すごく技術のあるプロフェッショナルな人がするもんだと思っていたので、あれこれ心配もしたけど、やってみたらぜんぜん平気。地域の色んな人がやっているし、技術もまちまち。きつい仕事であることは確かなんだけど、やる気さえあればできる。好きな人にはとことん面白いです。真面目に働けば年収200万から300万ぐらいは稼げるし、アイターンでも暮らしていけますよ。

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奈良県十津川村竹筒の集落

仕事で山に入っていると、紀伊半島の森林は非常に危険な状態だとわかります。ここ20年くらいで急激に悪化している。オオカミが絶滅して何十年かはたいして変化はなかったけれど、この20年ぐらいでシカが爆発的に増えてますよね。以前は森林の問題っていうと、人工林が増えすぎて手入れのされない山が崩れていくっていうのが定番だったんですけど、今は獣害の問題が深刻です。猟をして減らすしかないんだけど、それも思うようには進んでいない。

奥山のブナ林なんかでも、木の下にはこれまでスズタケという笹があったんやけど、シカがそれを食べるもんで、すかっと見晴らしがよくなって植生がなくなる。ブナなどの実が落ちて、小さな苗が生えてきてもシカのエサになってしまいます。今あるブナ林が寿命を迎えたら、次はシカが食べないシダなどの草原になるか、裸地になるか。

かつての生態系を取り戻すため

シカが爆発的に増えた理由に関しては諸説ありますけど、ぼくはオオカミが絶滅して生態系のバランスが崩れたからだと思っているんです。ハンターが減ったからだと主張している学者もいますが、生態系の頂点にいた捕食者がいなくなったことが根本的な原因だと思います。
アメリカのイエローストーンでもオオカミが絶滅して色んな問題が起きていたんですが、よそから再導入して成果をあげています。去年、ぼくもドイツとポーランドに視察に行ってきたんですが、どちらの住民もオオカミと平和的に共存していて怖れていません。「赤ずきんちゃん」の物語なんかでオオカミは怖いイメージがあるけど、現実には、そう怖れるようなものではないです。

ぼくは日本でもオオカミを再導入することを、ちゃんと考えなあかんと思う。でも再導入したら、すぐにシカが減って獣害問題が一気に解決するっていうわけじゃないんですよ。ここまでシカが増えたら、オオカミだって食べきれない。焼け石に水です。ある線を超えたらオオカミでも調整はできないんですが、今はもう、そのレベルまできています。だからシカの数を減らして、そして減ったときにオオカミがいて、再び増えないようにするしかないと思います。

だけどオオカミは、シカ対策の道具ではない。生態系の中で重要な役割をしてきた一個の生き物なんです。シカ対策のためにオオカミがいたわけではないんです。本来の生態系に戻すには、オオカミがいないとバランスが崩れる。日本人がこれからがんばって、自然と共存していこうと思うんやったら、オオカミを含めた生態系を回復しないと山はどんどん激しく劣化していくと思います。

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大槻さんの自宅の前から

変えたからこそ、気付けたこと

人工林の問題や獣害のこともそうだけど、行政の仕事を辞めて山に入ってみると、色んなことがわかりました。ホワイトカラーの仕事の立場で山を見ても、靴の外から足をかいているみたいで核心には届かなかったんですね。本当の自然や、山や森には届かない。ちょっと言葉にしにくいんだけど、朝早く起きて山に行って、葉っぱが露で濡れていたり、霜がおりていたり、霧が晴れていったり、そこに野生の動物もいる。そういう姿を毎日見て、山を眺めているときに「ああ、こうだったのか」と腑に落ちました。

”持続可能な社会”とかってみんな言ってるけど、本当にずっと持続しているものって、森林とかの自然ですよね。「ここに答えがあるんだな」と思った。そういうことは感覚的につかむもので、本を読んでもわからない。現場を一回ぱっと見てわかる研究者もいるかもしれないけど、ぼくはわからなかったですね。山仕事に通っているうちに、体でわかったことです。

ぼくは大学の学科も途中で変わったし、仕事も辞めて変わったけど、変えるっていうのは悪くないですよ。悪くないし、良くなる。変えることを怖れたらだめです。県庁を辞めるって言ったら色んな人が「もったいない」って言ってくれたけど、そんなことはなかったです。ぼくの場合は県庁にいたほうが、よっぽどもったいなかった。だけどぼくは、サラリーマンをものすごく尊敬しているんです。自分が苦労をしたし、たいへんな仕事だと知っているから。ずっと公務員でがんばっている人も、えらいと思う。辞めてますますそう思いました。

今は山仕事がともかく面白いし、自分で歩いているという実感もあります。「人生は金じゃない」って日に日に思いますよ。ぼくも金はないけど、金じゃない。

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同じくアイターンの佐々木康年さんと

聞き書き:北浦雅子  撮影協力:佐々木康年さん