⑨ バーゼル、ベルリン、わらしべ長者

ライター仕事に振り回されているうちに、猛暑に突入してしまった。ここ数年「山場を越えたら崖っぷち」の繰り返しだが、また急に暇になったので今は崖っぷち。時間ができたのでこうしてブログも書けるし、道音舎の雑務にも取り組める。「うまいことできてるわ」と思いつつ苦手な事務に励む日々だ。うまいことできていることは他にも色々あり、この数ヶ月でありがたい出会いもいくつかあった。人のご縁に恵まれると、「その方向性でだいじょうぶ」と天からお墨付きをもらったようで心強い。

前回の記事から間があいてしまった理由は、仕事が忙しかっただけではない。デザイナーの硲(はざま)さんがヨーロッパに旅立って不在だったのだ。スイスで開催されるデザインのワークショップに参加するために、一ヶ月ほど日本を離れていたのである。勉強の邪魔をしないよう、あまり連絡をしないでいたのだが「そろそろ帰国」というタイミングでスカイプ会議を試みることにした。

約束は日本時間の夕方4時。照井さん(写真家)の仕事がまだ終わらないとのことで、まずは硲さんと私でスカイプを始めた。硲さんはスイスからドイツのベルリンに移動したところで「元気にしています」といつものように淡々とした口調で話す。

私の方からは少し前に大阪や東京で聞いてきた話を伝えたり、次の本の企画について提案してみたり……。ひと通り私の話を聞いてくれたあと、硲さんが淡々とこう言った。

「ぼく、ずっと気になっていることがあるんですけど。お金、ぜんぜん足りてませんよね?」

お、おお。そうだった。印刷会社・サンエムカラーの前川さんが再度送ってくださった見積書をあわてて取り出す。「176まん3900えん」と読みあげると、「北浦さん、それ税抜きなんですよ。税込みだと190万こえます」とベルリンから指摘されてドキッとする。

そうだった。

ちょっと整理しておくと、前回いただいた見積もりは、
A4サイズ・112ページ・500部で税込1,441,908円

サイズを変更したので、今回いただいた見積もりは、
257×257・112ページ・500部で税込1,905,012円

内訳をみると、これに含まれる製本代はかなり安くなっている。少しでも安くなるよう前川さんがいろいろと苦心してくれたのだ。でも判型が大きくなったので、合計額は大幅にアップしている。

と、ここで照井さんがログイン。「硲さん、お久しぶりです。そっちはどうです?」という平和な会話に横から割り込んで、話をお金に引き戻す。
3人で相談した結果、しょぼい本は作りたくないし、ひとり50万の出資が70万になったとしても、これはもう行き切るしかないと。

その時、ふと私の頭をよぎったのが「わらしべ長者」の物語。貧しい男が一本のわらしべを手にして歩き出し、物々交換で手放しながら長者になっていくという気楽な民話である。私をとりまくこの状況と「わらしべ長者」の関連性は謎だが、このまま行っても崖下まで転落するほどの大惨事にはならないような気がした。たとえ少々転がり落ちても、長い目で見れば何が幸か不幸かわかるまい。

その後は印刷までのスケジュールや、翻訳の依頼(英訳が入ります)、告知用ペーパーグッズその他について3人でじっくり相談することができた。
ベルリンはまだ午前中だと聞いたので「このあと、どこかに行くんですか?」と硲さんに尋ねたら「アートブックフェアに行きます」とのこと。「写真いろいろ送ってくださいね」とお願いしたら届きました。何はともあれ、硲さんの解説と共に以下をお楽しみください。

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▼バーゼルはスイスの北部に位置し、ドイツ・フランスとの国境近くにある文化都市です。ぼくが参加したのはバーゼル造形芸術大学で開催されたデザインのワークショップで、下の写真は大学の校舎です。ワークショップには学生から教職者、仕事を休んで参加しているデザイナーまで幅広い層が参加していました。

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▼世界最大の現代アートフェアー「アート・バーゼル」にも行きました。滞在中にタイミングよく開催されていたのでラッキーでした。バーゼルでは現代美術家の村上隆さんとすれ違いましたよ。

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▼国境を超えてフランス東部のフランシュ・コンテ地方にも行きました。下の写真はずっと行ってみたかったロンシャンの教会です(バーゼルからは約60キロ)。設計したのはスイス生まれのフランス人建築家ル・コルビュジエ。

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▼バーゼルでのワークショップが終わってから、ドイツのベルリンに行ったのはアートブックフェアを視察するためでした。この写真はアートブックフェアの様子です。
「狼煙をここに出展したら、きっと注目される!」 と思いました。
他とは違う独特な雰囲気の写真集になるはずだから。

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ベルリンにも数日滞在したのですが、町の郵便局で意外な方を見かけました。窓口の列に並んでいる友人を待っていたら、その2人後ろでメルケル首相が郵便を出していたんです。ボディガードは数人だけで、一般の市民と同じように並んで郵便物を出す光景が新鮮でした。 真っ赤なジャケット姿のメルケル首相は、ひと際かがやいて見えました。

以上、簡単ですがご報告まで!(硲)

照井壮平写真集『狼煙』の特設ページはこちらです。 

投稿日:2017年7月25日
カテゴリー:みちとおと取材記熊野を編む
文:北浦雅子