⑩ 花火ではなく、狼煙

写真集『狼煙』の制作が、いよいよ佳境に入ってきた。当初、目標にしていた発刊日は9月中旬。9月22日からニューヨークで開催されるブックフェアに申し込んでいたので、それまでに完成させたかった。しかし、あえなく落選。(審査があります)

「残念だけど、ニューヨークはまた来年!」とすぐに気持ちを切り替えられたのは、10月5日〜8日に開催されるTOKYO ART BOOK FAIRへの出展が先に決まっていたからだ。こちらは無事に選考を通過。0.5坪の小さなスペースだが有難いことである。

10月5日までには必ず完成させねばならない。メールやライン、スカイプを駆使して制作を進める日々。
そんな中、本の仕様を検証しているデザイナーの硲さんから以下の写真が届いた。「本文のフォーマットがほぼ確定しました! あとは製本部分です」というメッセージ付き。順調な感じだ。

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と思った数日後、「新たな悩みに直面しています」というメッセージとともに届いたのがこの動画だ。

「試作を作ってみたところ、B4サイズで機械貼りできる厚みのコデックス装だとカバーがブヨブヨした感じなんですよね。写真集っぽくないといいますか……」

ブヨブヨ?

ブヨブヨ加減に注目しながら繰り返し動画を見ていると、次なる写真とメッセージが届いた。

「で、数日悩んでいたんですが、コデックス装のカバーを厚くしたりすると印刷・製本で200万超えてきますし、判型自体を再検討したほうが良い気がしてきました」

「このサイズだとひとまわり小さい全紙で刷れるので、ハードカバーにしても150万弱でできるかもしれません。A4より少し大きい感じです」

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硲さんが新たに提案してくれた判型は横224mm x 縦232mm。これだとページ数(112ページ)とのバランスもいいし、印刷・製本代が安くなるので販売価格を下げられる。それは嬉しいことですよね、というやりとりをしていたら、写真家の照井さんも早速こんな返信をくれた。

「ドカンとでっかく上がるのは花火ですからね。狼煙は高く細くあげたいので、ひとまわり小さくすることもメリットがあるはずです」

そしてお盆直前の8月9日、再び京都の印刷会社・サンエムカラーさんに出向いた。(前回、伺った時の記事はこちらです
照井さんと北浦は和歌山から、硲さんは東京から。

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上の写真はサンエムカラーさんの校正室。出版コーディネーターの前川さんにサイズの変更と、硲さんが考え抜いてきたアイデアを伝える。硲さんの狙いは、本を開いた瞬間のインパクトだ。

前川さんはうなずいて、「やったことがないことをやるほうが、面白いですからね」ときっぱり言ってくださった。プロジェクトXのようだ。

印刷表面をコーティングするニスの話になった時、チーフデザイナーの山本さんが席を立った。しばらくして「これが参考になるかも」と持ってきてくれたのが、以前にこちらで印刷したというエヴァンゲリオン展のポスター。グロスニスとマットニスの違いなどについて教えていただきながら、奥深い印刷の世界をちらっと垣間見たようで身が引きしまる。

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前川さんに3度目の見積もりをお願いし、印刷のスケジュールを確認して車で帰路につく。東京から新幹線で来た硲さんも、お盆で和歌山に帰るのでここから同乗だ。顔を合わす機会が少ない我々には貴重な時間なので、あれこれ相談しながら照井さんの運転で高速道路を行く。
ビルが林立する大阪の市街地を過ぎ、トンネルをいくつか超えたら周囲は山景色に一変した。紀ノ川の向こう、高野山に連なる山並みも見慣れた風景だ。
紀伊山地は我々にとって「狼煙エリア」とも言うべき地帯。太古から現代までが同時に渦巻いているような特異な感覚があり、その感覚に魅了されているうちに深みにはまった。

都市から見た高野・熊野ではなく、土着民が体感してきた高野・熊野を和歌山の地で本にしようと3人で決めたのはちょうど一年前のことだ。

「去年の今頃、周参見(すさみ)の海へ撮影に行きましたよね。海女の中村さんにナガレコもらって食べましたよね」
「あのとき照井さんが作ってくれた煮付け、山椒が効いていておいしかったです」

あっという間に季節がひと巡りして再びお盆。
ようやく煙がくすぶってきて、紀伊山地から狼煙が上がりそうだ。

 

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狼煙の特設ページはこちら

 

投稿日:2017年8月15日
カテゴリー:みちとおと取材記熊野を編む
文:北浦雅子