すさみインターチェンジで高速道路を降り、細い山道を抜けてゆく。と、山間にポツ・・・ポツと家や畑が点在する佐本の集落が見えてきた。
「佐本に住むか、新宿に住むかって二択で迫られたらどっちに住みます?」と写真家の照井壮平さんが運転しながら聞いたので「佐本ですよね、ふつう」と答える。
目指す現場はすさみ町のさらに奥、古座川町の平井。日本屈指の清流・古座川の支流をさかのぼった源流域に位置する山里だ。
七川ダムよりさらに上流へ。狭いながらも車道は続く。
ちょっと不安になってきた頃に、ぽっかりと現れた平井の里。源氏の落人伝説があるそうな。
ここから先は樹海のような紀伊山地の森である。
平井の中心部(と思われる)の高台に、不意に白い壁の洋館が見えた。
北海道大学・和歌山研究林本館。
過疎の山里に北海道チックな洋館って、数十年前の人ならキツネに化かされたと思うかも。
「この建物は昭和2年に完成したもので、国の登録文化財にも指定されているんですよ」と教えてくれたのは芦谷大太郎さん。事前に撮影協力をお願いしていた研究林の職員・千井芳孝さんの上司にあたる方だ。
「なんでここに北大の研究林が?ってびっくりされることも多いんですが、大正14年に旧北海道帝国大学が暖温帯林の研究のために、平井の共有林を購入して創設したんです。本州の林業はスギやヒノキの人工林が中心ですが、北海道では天然林です。
林業を学ぶ北大の学生も、本州の森林について施業や環境等を学ぶ、そういった教育も含めて本州に研究林が必要だったんですね。で、あちこち探していたら和歌山県が手をあげてくれたという経緯です」
芦谷さんの説明によると、和歌山研究林の森林面積は447ha。広大な山中には照葉樹見本林、天然生ヒノキ保存林、コウヤマキ保存林などのエリアがあり、移動手段にトロッコも用いられている。ここでは森林や野生動物・川の水質の研究や、学生実習などが行われ、本館は研究者や学生の宿泊施設としても使われているそうだ。
「働いている職員は13名で、ここに住んでいる者もいます。昔は職員のほとんどがここに住んでいたけど、今はすさみ町や串本町、平井地区以外の町内から通っている人が多いです」とのこと。
館内にはケヤキの無垢板でつくられた階段があり、100年近い時を経た手すりが渋い光沢を放っていた。「今ではもう、こんなケヤキは手に入らないですね」と芦谷さん。
昆虫や動物の標本類を保存している資料室、希少なコウヤマキでつくった風呂の浴槽、畳敷きの宿泊室などを順に見せていただく。
和歌山の山中奥深くに、まさか、このような学術的な領域があったとは。
漆塗りのお椀が川上から流れてきたので、上流にさかのぼると黄金の御殿がありました的な民話を思い出す。そのぐらいファンタジックな体験だ。
芦谷さん、写真一枚いいですか?
ありがとうございました。
でも、ここはまだ入り口。「それでは現場に」と千井芳孝さんが準備を始めた。千井さんが乗り込んだ軽トラを追いかけて、ドキドキしながらさらなる山中へ。
【北海道大学和歌山研究林】
和歌山県東牟婁郡古座川町平井559番地
ウェブサイトはこちらです。
入山には許可が必要。一般の方を対象にした見学ツアーは例年10月に開催されています。(2016年度の受付は終了)
(この記事に使用した写真は北浦が撮影したものです)