消えた里の物語「中辺路町兵生」

里のみち

熊野の道は里を結びながら、山中を迷路のようにめぐっています。古老たちの語りや歌、伝説に導かれながら行く里の道。訪ねたのは大瀬(おおぜ)・高原(たかはら)の集落と、兵生(ひょうぜ)の廃村です。

兵生(ひょうぜ)は熊野の山の奥深くにあった隠れ里です。ここには「兵生の松若」という伝説があり、「不老不死となった男が、一人ぼっちで何百年も山の岩屋で暮らしている」と語り継がれてきました。

私たちは松若の伝説に興味をひかれ、今は廃村となっている兵生の里を訪ねてみました。そこで見たのは朽ちた吊り橋や潰れた家。物悲しいような風景の中で、朱色の神社だけが凛とした気配を漂わせて鎮座していました。

集団移転で兵生を去った人々は「神さまは森に棲むもの」と考えて、神社を遷さず故郷に留めることを選んだそうです。そして40年ものあいだ、秋になると連れ立って兵生に帰り、祭をとりおこなって獅子舞を奉納しているのです。